【哲学】無力なのか?その①
私の授業は基本号令をかけません。
時間がもったいないからです。
1分でも早く活動に取り組ませたいからです。
なんで、私教室登場→黒板にめあて書く→待つ→授業へ
終わりも
語りか説教(?)→「お疲れさまでした~」
周りも友達同士で
「ありがとうございました~」
とたまあに聞こえるくらいです。
という流れになっています。
他の方からしたらメリハリが!と言われるかもしれませんが。
でもほかの授業の時は大きな声でしっかりと号令かけて
発言するときは天井に着くぐらいの挙手をして
「はい!」って答えたあとに答えを発表していますよ。
あれ廊下から見ているとしびれますね。
周りの先生方に感謝です。
めっちゃかっこいいの!
ほめないけどね~(笑)
※あとは僕という人間の時の授業とほかの先生の時の授業で彼ら彼女らの頭の中で
どんな化学反応が起きているのかは気になるね~ルールも違うだろうし~
これを初めてたぶん6か月くらいですかね?
2か月くらいでなんも言わなくてもめあてを書いてます。
周りの雰囲気がそうさせてるのかな~?
「めあて書いて!」も言わないです。
ただ黙々と僕は黒板にめあてを書いているだけです。
※ちなみに、単元の最初に全時間のめあてはハンドアウトで児童に渡しています。
単元テストまでの時間数も書いてあります。
しーんとしたなかで。
その雰囲気を背中で感じるわけです。
あれ結構怖いですよ。
なんだろうな~あの雰囲気
あれは今でも慣れない。
さて、以上を踏まえてイタリアの教育思想家・実践家マリア・モンテソーリについて
語ろうとしましたが、時間が遅いので続きは明日書きます~。